校長挨拶

 

 「地域に根ざし、豊かな人間性を培う進学校」これが本校の目指す学校像です。
 本校は1920年(大正9年)に豊岡農学校として設立され、2020年(令和2年)に創立百周年を迎えました。卒業生数も2万5千名に届こうとしています。埼玉県西部地域の伝統校の一つである本校は、一世紀にわたって地域の期待を背負い、地域に根差した高校として、入間地区を中心とする地域社会の発展に寄与する人材の育成に努めてまいりました。

 近年、時代の変化のスピードが増してきました。学校にも、グローバル化と多様性に柔軟に対応する生きる力をもった人材を育てることが求められるようになりました。本校は、平成25年に新たに単位制高校として出発しました。設置にあたり、進むべき方向を「大学進学重視型の単位制高校」に定め、目標に向けてひた走る、智勇兼備の骨太な若人の育成をしていくことを決めたのです。

校長 内田 正俊

 

 そのような人材育成には、単位制は魅力のあるシステムです。単位制のもつ豊富な科目選択や少人数授業を大いに活用し、綿密な履修指導によって進路希望に応じたカリキュラムを展開します。もちろん最も大事な基礎力は1年次でしっかり身につけ、2年次からは進路希望に応じた多様な教科・科目選択と少人数授業で実力をつけます。授業以外にも、「豊高ゼミ」など、充実した進学講習を行い、生徒一人ひとりの進路希望実現を全力でサポートします。さらに早朝から自習室を開放するとともに、インターネット利用の学習サイトを推奨し、自学自習を積極的に支援する環境を整えています。進路行事でも立志講演会や大学の教授による講義や大学視察などを行い、広い視野に立つ進路意識の啓発を図っています。

 

 また、生徒たちは、伝統ある学校行事や部活動など学校生活に積極的に取り組んでいます。平成元年度インターハイではアーチェリー部準優勝、陸上部出場をはじめ、様々な分野で生徒の活躍が見られました。これらの活動をとおして心と身体を鍛え、豊かな人間性を身に着けた立派な「豊高生」へと育っていきます。部活動加入率は各年次80%から90%です。伝統の生徒会本部役員や委員会の生徒たちもチームワークよく熱心に活動しています。

 興味を持った学問、部活動をはじめ多彩なスポーツ、芸術などを足掛かりに脳に大いに汗をかき、足腰を鍛える高校生活を楽しんでください。自身の進路を切り拓いて行ける、明るく楽しく着実に成長できる確かな進学校です。みなさんと豊岡高校でお会いできることを楽しみにしています。 

  令和3年4月

      埼玉県立豊岡高等学校長 内田 正俊

豊高校長室だより

豊高校長室だより

【豊高校長室だより】意外な応援団?が出没

 4月11日(日)野球部の春季大会が行われ、飯能市営球場に応援に行きました。保護者のみ入場可、感染防止対策を取ったうえでの応援ということでした。試合開始前、応援席からどよめきが起こっているので何かと思ってみたら、三塁側後方の山にイノシシが球場を見下ろしています。意外な応援団の出没でした。「猪突猛進」とあやかりたいところでしたが。

意外な応援団が

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【豊高校長室だより】4月9日(金)1年次生のオリエンテーションがスタートしました

 昨日入学式をすませた1年次生は、きょうからオリエンテーションにはいりました。教務部、生徒指導部、保健室、進路指導部などの説明を受け、生徒会のオリエンテーション、部活動の活動説明と仮登録など、盛りだくさんの一日だったことと思います。各クラスとも校内案内で校長室の前を通りかかった時に、さっそく声をかけてくれました。校長室ドアが開いているときはいつでもウエルカムです。気軽に声をかけてくださいね。

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豊岡高校の「不易と流行」(令和3年4月8日・第76回入学式式辞)

 風に舞う花吹雪が目に眩しく、ここ入間の地も、風が初夏の香りを運んでくるのを感じる季節となりました。このよき日に埼玉県立豊岡高等学校第76回入学式を挙行できますことを喜びたいと思います。

 ただ今、入学を許可いたしました318名のみなさんは豊岡高校創立百周年の節目の年を経て、新たな未来を創る一期生となります。心より歓迎いたします。みなさんは、中学校生活集大成となる年に緊急事態宣言による休業に加え修学旅行や部活動大会の中止など、これまでなかった不自由な生活を余儀なくされました。みなさんも進路選択に悩まれたことと思いますが、そんな中でも折れずに努力し、今日晴れてこの日を迎えられたことに、重ねてお祝いを申し上げます。

 保護者のみなさまに、お子様のご入学を心よりお慶び申し上げます。

 みなさんには、ここまで見守ってくれた保護者の方々、ご家族、お世話になった方々へ感謝の気持ちを、できれば言葉で表してほしいと思います。そして、これからの三年間、思う存分勉学や部活動に励んでください。これまで百年以上にわたり社会を支えている二万五千名もの卒業生も見守ってくれています。

 さて、学校の目指すところには不易と流行があります。

 豊岡高校の不易は、校訓である、「進取、自立、勤勉」に裏打ちされた質実剛健の校風、足が大地に着き、押されようがびくともしない力をつけた文武両道に秀でた人材の育成です。

 流行としては、これから時代は、これまでの当たり前が、当たり前でない世界になっていくはずです。こうあるべきとか、こうするべきとかいう、凝り固まった古い価値観を破り、バランス感覚、柔軟な思考と行動力を身につけた地域のリーダーを育成することです。グローバル社会といいますが、国際化が進んでいるのは実は「足元」です。興味を持った学問を足掛かりに脳に大いに汗をかき、足腰を鍛える高校生活を楽しんでください。

 これまでと異なり、忙しくなるはずです。人が「第二の誕生」を迎える高校時代に悩みはつきものですが、一人で抱え込み闇のような気分にならないためにも「自分の居場所」を持つことをお勧めしたいと思います。

 この入学式に際しみなさんを迎える教職員の思いは熱く、刻々と変わる状況の中でさまざまな準備を進めてきました。きょうから保護者のみなさまと緊密な連携を図りながら教職員一同、高校76期生の心身ともに確かな成長を支援してまいります。これをご縁に本校へのご支援とご協力をお願い申し上げます。

 結びにみなさんが、三年後の卒業式で、豊岡高校を選んだことは正しかった、豊高に入ってよかったと感じ、希望の進路を切り開き、力をつけて羽ばたいていってくれることを期待して式辞といたします。

  令和3年4月8日

                    埼玉県立豊岡高等学校長 内田 正俊

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ポジティブな、新しいことばを発しよう(令和3年4月8日・1学期始業式での校長あいさつ)

 おはようございます。進級おめでとうございます。みなさんの元気な姿を目にすることができて、とても嬉しく思います。わたくしは、4月1日付で豊岡高校校長として着任しました、内田正俊と申します。どうぞよろしくお願いいたします。

 昨年度は、これまでなかった不自由な生活を余儀なくされました。そんな中でも折れずに努力し、学校生活を充実させていることを高く評価したいと思います。

 さて、きょうは「ことばの力」についてお話しします。ポジティブなことばを発すれば、自分だけでなく他人までも望むものに変えてしまうし、ネガティブなことばを発すれば落ちるところまで落ちるよ、という話です。

 古くから、ことばには魂があって、発せられた言葉は大きな力をもっており、その通り現実になると信じられてきました。「コトダマ」などと言ったりします。縁起がいい、人を祝う言葉を口にすると、人や人の心までもこちらの望むものに変えてしまう、というわけです。

 古典の時間に扱うと思いますが、万葉集は現在まで伝わる最も古い歌集です。年代のはっきりしている一番新しい歌は西暦759年のもので、今から1260年ほど前になります。万葉集では、この日本を「言霊(ことだま)の幸(さき)はふ国」と表現しています。ことばが持っている力によって、幸せになるというのです。

 本校の名前になっている豊岡という地名は、1889(明治22)年に入間市のもとになる4つの村が合併したとき、将来を祝ってめでたい名をつけたということです。日当たりがよく実りが多く生活が豊かで裕福なところというわけです。一方、「入間」も、漢字をあてるときに、「入」は豊かな収入、「間」は、門(家々)に太陽の光が降り注ぐ、日当たりの良い平和な生活を営むということで、本校は100年前に農学校として誕生したわけですが、豊岡・入間という名からもわかるように、人々は大地に足がついた生き方を理想としてきたようです。

 万葉集には入間の地で詠まれたこんな歌が伝わっています。

 入間路(いりまぢ)の大家(おほや)が原(はら)のいはゐ蔓(つら)引かばぬるぬる吾(わ)にな絶(た)えそね (万葉集巻十四)

 入間地方大家が原に生えているイワイツラというつる草が、引っぱればぬるぬると続いていくように、私との仲を絶やさないで欲しい、というのです。

 その「いり(る)ま」もかなり広い地域だったようで、「おおや」という地名がいまの狭山と日高の境あたりや坂戸市にあります。千年以上伝わる地名というわけです。

 豊岡高校創立百周年の節目の年を経て、新たな未来を創る第一歩と踏み出しました。これから時代は、これまでの当たり前が、当たり前でない世界になっていくはずです。迷ったら、凝り固まった古い価値観を破り、新しいことばを口にしてほしいと思います。そして、足が大地に着いた、押されてもびくともしない力をつけてほしいと思います。興味を持った学問やスポーツ、芸術を足掛かりに脳に大いに汗をかき、足腰を鍛える高校生活を楽しんでください。

 話はこれで終わりにしますが、もっと聞きたいという人はぜひ校長室においでください。校長室のドアが開けてあるときはいつでも歓迎です。

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3学期終業式での校長講話を紹介します

 全校生徒の皆さん、おはようございます。校長の町田です。

 コロナに翻弄された令和2年度、豊岡高校にとっては創立百周年の節目の年もいよいよ終わります。3学期を振り返りますと、結果としてまるまる緊急事態宣言の期間に入ってしまいましたので、最後まで不自由な学校生活を送ってもらうことになってしましました。 

 日々の生活では始業時刻の1時間繰り下げと40分の短縮授業、部活動の中止、昼休みの黙食。学校行事では駅伝大会の中止、リモートによる三送会、2年次生は修学旅行に代わる行事の中止など、3学期も多くの我慢をしてもらって申し訳なく思っています。それでも三送会で上映された映像のクオリティの高さには感心させられましたし、演出も考えられていて、生徒会を中心によく頑張ってくれたと嬉しく思いました。 

 部活動は公式戦のある部活を除いて練習日数と時間が制限されての再開となりましたが、段階的に通常に戻っていきますので、もう少し我慢してください。 

 40分の短縮授業については、通常に比べて授業時間が2割少なかったわけですから少し心配しました。先生方には授業の遅れを出さないよう工夫して指導していただいたと思いますが、この欠けた学習時間分を皆さんはどのように補ったでしょうか。皆さんの学力の向上が2割少なくなったとすれば悲しいですが、そんなことはなかったようですね。 

 学年末成績を見ますと、1、2年次生とも成績優良者が増え、特に2年次生は3割近くの人が成績優良だったというのは、大変すばらしいことです。また、英語検定でも受験者、合格者ともに増え、準1級合格という快挙を成し遂げた人がいて大変嬉しく思います。

 先日行われた「卒業生による進路講演会」では、皆さん真剣に先輩の話に食い入っていましたね。この春の卒業生もコロナ禍で不安を抱えながらの進路準備を進めたはずですが、国公立大学2名合格、浪人生もがんばって難関の一橋大学に合格しました。私立大学では難関の早稲田大学や青山学院大学、明治大学に合格するなど、健闘が光りました。皆さんも自分の夢をつかむため、先輩に負けないよう志を高くがんばってほしいと思います。

            *      *      *

 先日、ある会議に出席したときに、ある委員の元校長先生から「いい詩を見つけた」と教えていただいた詩を紹介したいと思います。これは、終戦後まもない昭和23年、新しい6・3・3制の教育制度で誕生した中学校の教科書に載っていたそうです。戦争のない新しい時代を生きる子どもたちに、こうあってほしいと願ったのでしょう。作者は19世紀イギリスの芸術評論家で社会思想家のジョン・ラスキンという人です。

   学校へ行く路

 冬になって氷がはると 冬になって雪がふると

 学校へ行く路は、長くさびしい。

 その路を生徒が行く。

 

 だが、また、ゆかいな夏が来て 鳥が鳴き、果実が実り、花が咲けば

 学校へ行く路は、なんと短いのだろう。

 楽しい時間が、なんと速く過ぎることか!

 

 しかし、勉強が好きで 知恵を得ようとはげむ子には

 学校へ行く路は、いつも短い。

 照る日も、雪の日も。また雨の日も。

 

 どの子も、どの子も、心は気高く、 何をするにも心をこめて

 いつ話すにも心やさしく すべての人の喜びとなれ。

 どんなところにいるときでも。

 

 豊高生もこの詩のように勉強に励み、気高い心をもった、心優しい、人々から喜ばれる生徒であってほしいと願います。

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 さて、緊急事態宣言は解除されましたが、安心はできません。県内では関東工業自動車大学校で実に140人感染というクラスターが発生しています。変異ウイルスの拡大も気になります。緊急事態宣言解除以降の学校生活については、県教育委員会からの通知に基づいて、次のとおりおこないます。

  (内容は保護宛通知文を参照)

 さあ、4月から皆さんは2年次生、3年次生になります。新入生も入ってきます。皆さん一人一人が成長し、飛躍する一年のスタートがしっかり切れるよう、春休み中の健康管理を万全にしていただくとともに、心の準備と授業の準備をしっかりやってほしいと思います。

 全員が元気な姿で4月8日に集えることを楽しみにしています。

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第73回卒業証書授与式の式辞を紹介します

 晴れの門出の日があいにくの天候となってしまいましたが、柔らかな日差しに早春の花々が照らされ、春の訪れを感じる季節となりました。本日は、緊急事態宣言が延長された中ではありますが、感染防止対策を講じることで二年振りに保護者の皆様のご列席が叶い、ここに埼玉県立豊岡高等学校第73回卒業証書授与式を挙行できますことは、大変喜ばしいことであります。学校を代表いたしまして、皆様に心から感謝と御礼を申し上げます。

 ただいま、卒業証書を授与いたしました315名の皆さん、ご卒業おめでとうございます。皆さんの脳裏には楽しかったこと、辛かったこと、嬉しかったことなど、豊岡高校で過ごした三年間の思い出がよみがえっていることでしょう。ただ、皆さんにとって、進路希望の実現と豊高生としての仕上げになる大切な一年間が新型コロナウイルスの猛威に翻弄されてしまい、皆さんに充実した高校生活を送らせてあげられなかったことが何とも心残りです。ですが、そのような状況にあっても皆さんはよく我慢し、又、よく頑張りました。実施できた数少ない行事の中で示された皆さんの姿勢は実にすばらしいものでしたし、進路実績も目を見張るものがありました。卒業アルバムを見させてもらいましたが、皆さんひとり一人の笑顔そして学校行事や部活動での生き生きとした様子が収められており、ほっとさせられました。私は皆さんのことを、創立百周年の年に相応しい立派な卒業生だと誇らしく思います。豊岡高校での学びと仲間や先生との出会いを宝として、胸を張って社会に出て行ってほしいと思います。

 保護者の皆様には、陰になり日向になってお子様を支えて来られた三年間、特にこの一年はご苦労されたことと存じます。皆様の親としての務めに敬意を表し、お子様のご卒業を心からお喜び申し上げます。

 さて、一昨日の3月11日で、あの未曾有の大災害をもたらした東日本大震災からちょうど10年が経ちました。私たちはこの教訓を風化させてはならないと、改めて心に刻もうと思うところです。また、今回のコロナ禍もそうですが、予想もつかない出来事に対し、それにどう向き合いどう対処するかが私たちの将来を左右します。新型コロナウイルスとの戦いは、まだしばらくは続くでしょう。皆さんには、正しい情報を見極め適切な判断と行動ができる大人になってもらいたいと思います。

 4月からそれぞれの道に進んでいく卒業生の皆さんが、これからの人生をどのような姿勢で生きていったらいいのか。そのヒントを今年の大河ドラマの主人公、埼玉の偉人、日本資本主義の父と言われる渋沢栄一の生き方から探ってみたいと思います。

 農民だった渋沢栄一は尊王攘夷に傾注して武士に転じ、15代将軍徳川慶喜に仕えました。フランス使節団に随行中に大政奉還となり、帰国後、明治政府にスカウトされて近代日本の基盤となる郵便制度の設立や鉄道の敷設、関税率の制定などに奮闘します。しかし、4年半で官僚を辞めてしまい、民間人として銀行の設立や製紙会社の設立を手掛け、その後、500もの会社などの設立に関与して日本の近代化に大きく貢献しました。また、教育の振興や慈善事業にも多大な功績を残しました。

 渋沢は民間の力すなわち会社の設立によって日本の近代化と国力の増強を進め、市民の地位を向上させ暮らしを良くしようと考えたのです。決して金儲けを目的としていませんでした。ですから、資産が貯まるとそれを教育の充実や慈善事業に振り向け、関東大震災に当たっては復興のために多額の資金を提供しています。そのため、亡くなるときには私財はわずかだったそうです。渋沢のこのような生き方の根本には、若い頃の激動の時代に培った危機意識と自分が日本をよくするのだという強い使命感、そして階級差別への怒りがあったといわれます。その考え方のベースには儒学の教えがありました。

 皆さんにはこの先も意欲を持って勉強を続けていただき、世の中の動きや仕組みに大いに関心を持って、人への優しさと思いやり、正義感を持って物事の本質を捉えようとする姿勢を大切に生活してもらいたいと思います。また、渋沢の著書『論語と算盤』には、「自分からこうしたい、ああしたいと奮励さえすれば、大概はその意のごとくになるものである。」とあります。困難な時代だからこそ、渋沢栄一のような前向きな生き方が必要なのではないでしょうか。自分のやりたいこと、正しいと信ずる道を突き進んで行ってほしいと思います。失敗を恐れずに、たとえ失敗しても諦めない前向きな姿勢を持ち続けてください。皆さんが将来、社会人として活躍されることを大いに期待しています。

 最後に、私ども教職員一同は、今後も地域の期待に応え、卒業生が母校を愛し誇れるような学校づくりに努めてまいります。ご参列いただきました保護者の皆様には重ねて御礼申し上げるとともに、卒業生一人一人の前途が健やかで幸多きことを心から祈念して式辞といたします。

  令和3年3月13日

埼玉県立豊岡高等学校長 町田 邦弘

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放送による3学期始業式での校長講話を紹介します

 全校生徒の皆さん、新年、明けましておめでとうございます。校長の町田です。

 コロナ対策ということで、例年と違って静かな正月を過ごされたことと思います。冬休み中、皆さんそれぞれの時間を有効に使ってくれたでしょうか。

 連日のコロナ関連のニュースを見ますと、新型コロナウイルスというのは、相当手ごわい存在だと感じます。イギリスと南アフリカで感染力の高い変異種が現れていて、国内でも既にイギリスからの入国者から検出されているというニュースを聞くと、今後、第4波が来るのではと気になります。

 年末年始、初詣の人の動きは減りましたが、ショッピングモールやアウトレットは大賑わい。箱根駅伝もかなりの人が沿道で応援している様子がテレビ画面に映し出されました。コロナに対する慣れ、普通に生活していると感染リスクの実感がわきにくいのは確かです。ですが、首都圏の感染拡大の状況は特に医療現場においては危機的な状況にあると認識しなければいけません。

 私たちに何ができるのか、改めて感染防止の基本的な対策である、マスクの着用、密にならない、手洗い、食事中はしゃべらない、対面にならない、大声を出さないなど、きちんと守ることです。また、発熱などの風邪症状があったら登校しない、家族に同様の症状があっても登校しないということもしっかり守ってください。

 学校としての感染防止対策として、今日から15日まで、登校時の電車やバスの密を避けるために登校時間を1時間遅らせること、また、集団感染の事例が相次いでいる部活動については、17日まで原則中止とすることは既にお知らせしました。ですが、本日、1都3県を対象に緊急事態宣言が出される予定です。これを受けて、学校も新たな対応をするようになる可能性がありますので、決まりましたら皆さんにお伝えします。

 さて、今年は丑(うし)年。先を急がず一歩一歩着実に物事を進めることが大切な年と言われています。コロナ禍から抜け出すのも辛抱強く確実な方法で頑張っていくことが大切だということでしょう。私たち一人一人にとっても、一歩一歩着実に物事を進めることは大事なことです。丑年の今年は、そのあたりを意識することにしましょう。

 私たちの身の回りでなかなか牛を見かける機会はありませんが、学問の神様、菅原道真を祀った天満宮には、牛の像が置かれていますので、機会があったら探してみてください。道真には牛にまつわる様々ないわれがあって、牛を神の使いとしているのだそうです。勉強を頑張ろうという皆さんには、天神様にあやかって牛のことを好きになってもらうといいかもしれませんね。

 丑年のこの1年、目標をしっかり持って、主体的に自分のやるべき事を着実にこなしていくことが将来の成功につながる、と捉えてみてください。

 また、「一年の計は元旦にあり」ということわざがありますが、新しい年、新しい学期を迎えたこの時期、最初が肝心ですので、自分の目標や計画の点検をして、新たな気持ちで頑張ってほしいと思います。

 3年次生はいよいよ大学入学共通テストや一般選抜に臨む時が近づいてきました。くれぐれも体調を崩すことなく、ぜひ、合格を勝ち取れるよう頑張ってください。進路が決まっている人も含め、3年間で学力的にも精神的にも最も充実した状態で卒業式を迎えてほしいと思います。

 1,2年次生もそれぞれの年次の集大成の学期ですので、しっかりやってくれることを期待します。

 3学期、ウィズコロナで我慢が続きますが、健康に気を付けて頑張りましょう。

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創立百周年記念誌の配布にあたって生徒に伝えたこと

 創立百周年記念誌についてお話します。

 22日の記念誌の搬入にあたっては、大勢の生徒の皆さんに協力していただきました。実に頼りがいのある生徒たちだなあと嬉しくなりました。ありがとうございます。 

 11月に予定された百周年記念式典が来年に延期になったため、今年が節目の年という割には盛り上がりませんでした。ですが、このずっしりと重い記念誌を手にして、今年が豊岡高校にとって大きな節目の年であること、そして百年という歴史と伝統の重みを感じてもらいたいと思います。 

 記念誌の発刊に当たっては、同窓生の先生方を中心に、実に多くの時間と労力をかけて編集作業をしていただきました。その想いと、寄稿していただいた方々の本校への想いが結晶となった、大変貴重な冊子であることを理解してください。 

 では、豊岡高校の歴史を簡単にお話ししましょう。

 創立は1920年(大正9年)、旧豊岡町を中心に近隣の9つの村が共同で設立した学校組合立 豊岡農業学校がスタートです。場所は、現在の丸広のあたり、豊岡尋常小学校内にありました。穀物生産や養蚕、茶業が盛んなこの地で、その発展の中核となる人材を育成するための学校を作りたい、という地域の熱い願いから生まれた学校です。

 ほどなくして、商業教育も取り入れようとなって、1927年(昭和2年)に、農業と商業を併せて学ぶという公立学校では全国的にも珍しい豊岡実業学校となりました。この年、現在の地に移転しました。

 第二次世界大戦後の1946年(昭和21年)、県立豊岡実業高等学校となり、1950年(昭和25年)から男女共学になりました。

 1962年(昭和37年)に普通科が設置され、その2年後に農業科が廃止となり、普通科と商業科、それに定時制を併設して県立豊岡高等学校と名前が変わりました。ちなみに、現在の1号館はこの年に完成しています。

 その後、1972年(昭和47年)から普通科のみとなりました。

 そして、2013年(平成25年)、定時制を閉課程とし、県立入間高校と合併する形で、単位制の現在の豊岡高校になりました。 

 この記念誌、重たいですが必ず家に持ち帰って、家の人にも見せてください。きっと喜んでもらえると思います。大切なのは、皆さん自身が中身を見てほしいということです。写真を見るだけでも歴史を重ねた跡がわかります。

 1年ごとに記事が書かれていますので、日本の社会情勢と併せて、本校の歩みがわかるようになっています。草創期や戦時中の苦労、部活動でのすばらしい実績、大きな特色だったHR発表会など、その時代ごとの出来事には興味深いものがあります。また、卒業生や本校で教鞭をとられた先生方の寄稿文も読んでもらいたいです。皆さんには自分の現在の学校生活と重ねながら、それぞれの時代で生徒、先生がどんな思いでいたのかを知ることができます。 

 記念誌に目を通してもらうと、これまで豊高の歴史を紡いでくれた多くの先輩たちや先生方に敬意を表したくなるはずです。そして、私たちが新たな歴史をつくっていく当事者であることを自負してもらいたい。

 記念誌のタイトルは「出藍の誉れ」。そう、校歌に出てくることばです。意味は、弟子が師匠よりも優れた才能を表すということです。校歌は、そういう高い目標、志を持って、日々勉学に励もうという歌詞になっています。皆さんがこの精神を受け継いで頑張ってくれること、豊岡高校の伝統の、よき継承者となってくれることを大いに期待します。 

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放送による2学期終業式での校長講話を紹介します

 全校生徒の皆さん、おはようございます。

 長い2学期でしたが、お疲れさまでした。皆さんの手元には、分厚い創立百周年記念誌が渡ったと思いますが、これについては、のちほど触れたいと思います。 

 2学期はWithコロナ、新しい生活様式という新たな意識で過ごしてもらったことと思います。現在、県立学校では66校で感染者が出ていますが、幸いなことに本校からは出ていません。感染拡大が収まらない今、安心せずに、これまで以上に感染防止の行動を心掛けてください。 

 2学期を振り返ると、まず、文化祭の中止。これは実に残念なことでしたが、文化部発表ウイークが実施できたことはよかったと思います。続いて、コロナ対策を講じて臨んだ体育祭。延期の末、雨で途中打ち切りとなりましたが、クラスTシャツを着て頑張る皆さんの姿に豊高生らしさ、頼もしさを感じました。球技大会も急きょ無観客となりましたが、皆さんよくルールを守り伸び伸びとやっている姿を目にしましたので、実施できてよかったと思います。

 部活動も大会が再開され、この後、表彰として紹介されますが、陸上部の関東大会三位をはじめ、バスケットボール部、ソフトテニス部、アーチェリー部、文化部では軽音楽部や写真部などが活躍し、皆さんの文武両道の実践にはとても嬉しく思っています。 

 コロナによって、まだまだ学校生活は元の形には戻りませんが、皆さんの日頃の学習の取り組み状況や英語検定の合格者数の増加、総合的な探究の時間の取り組みや豊岡小学校との交流事業の様子などを目にし、本当によくやってくれていると感心します。 

 年明けには、3年次生は大学入学共通テスト、学年末考査、大学の一般選抜が待ち構えています。既に進路が決まっている人も含めて、豊高生としての3年間の集大成となる大事な学期になります。気を引き締めてください。

 2年次生は修学旅行が控えています。体調管理をしっかりやってください。また、3年次につなげる大事な学期になりますので、こちらも進路意識を高め、しっかり勉強してください。

 1年次生も同様です。2学期に学んだことを定着させること、自ら進んで学習する態度と習慣を身につけることが、皆さんの進路実現に関わってきます。頑張ってください。 

 皆さんひとり一人の心がけがコロナを克服する力になります。部活もできないのかと残念がっている人も多いでしょうが、ピンチをチャンスに変える発想で、余裕のできる時間を勉強や自己研鑽、ご家族との触れ合いなどに、有効に生かしてほしいと思います。

 健康と事故に気を付けて、1月7日にまたお会いしましょう。

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放送による2学期始業式での校長講話を紹介します

 おはようございます。24日間の夏休み、連日猛暑が続きましたが、暑さにもコロナにも負けず、皆さんそれぞれが進学講習や部活動などによく励んでくれました。短くとも中身の濃い夏休みになったことと思います。夏休み中、皆さんが新型コロナウイルスに感染したとか事故に遭ったという報告は聞いておりませんので、無事に2学期を迎えることができてホッとしています。

 他県では、寮生活していた運動部員に大規模なクラスターが発生したというニュースは大変気になっていましたが、残念なことに生徒たちが誹謗・中傷にさらされるそうです。絶対にそういうことがあってはならない、してはいけないと肝に銘じましょう。新型コロナウイルスは、気を緩めた隙といいますか気を許した隙に感染するというのがよくわかります。2学期も引き続きマスク着用、手洗い、密な状況をつくらないことを、生活のあらゆる場面で心がけてください。

 6月から皆さんに不便をおかけしていました正門から玄関にかけてのリニューアル工事は、ほぼ終わりました。ご協力ありがとうございました。創立100周年に相応しく、正門がかっこよくなり、昇降口前が広くなりました。胸を張って正門を入ってほしいと思います。工事費用は毎年の卒業生が収めた同窓会費をはじめとする同窓会会計から出していただきました。同窓生の皆さんに心から感謝しましょう。

 さて、8月は戦争について考えさせられる季節です。今から75年前の8月6日は広島に、8月9日は長崎に原爆が投下されました。そして8月15日に終戦を迎えました。終戦の半日前、県内で悲しい出来事が起きました。8月14日の夜11時30分頃に県北の中心地熊谷市が、アメリカ軍のB29爆撃機によって上空3000mから雨のように爆弾を落とされ、市街地の3分の2が焼け野原となりました。犠牲者は死者266人、負傷者約3000人だそうです。これが県内最大規模の熊谷空襲です。地元の多くの人が、1日早く戦争が終わっていればと、悔やんだといいます。

 この様子を描いた子供向けの短編アニメーション『最後の空襲くまがや』を、東松山市にある県立ピースミュージアムで観ることができます。また、インターネット上では、ヤフー制作の「未来に残す 戦争の記憶」の中にある、埼玉県の空襲被害で詳しく紹介しています。ぜひ調べてみてください。

 では、なぜ熊谷市が標的にされたのでしょう。それは、戦闘機をつくっていた中島飛行機、現在の自動車メーカースバルの前身ですが、その下請けの中小工場が熊谷市内に多かったからです。また、航空機の操縦教育を行う熊谷陸軍飛行学校があり、当時、特攻隊操縦員の養成をしていたことも挙げられます。

 その熊谷陸軍飛行学校の桶川分教場という施設が今でも残っていて、復元整備され、「桶川飛行学校平和祈念館」としてこの夏開館したと聞いたので、訪ねてみました。ここでは昭和12年6月から昭和20年2月までに20期、少年航空兵や学徒出陣の特別操縦見習士官など1500~1600人の航空兵を養成し、昭和20年2月以降は特攻隊の訓練基地となっていたそうです。校舎とともに教本や日記、特攻隊員の家族にあてた遺書、当時の写真などの展示物を見学しましたが、戦争によって人の心が操られ人の命が疎かにされたことの理不尽さ、出撃していった若者たちの気持ちを思うと胸が痛みます。

 2年次生は沖縄修学旅行で平和学習を予定していますが、1,3年次生も含めて、身近なところにも平和学習の教材があることを知ってもらいたいと思います。

 そして、過去の歴史から学ぶことによって私たちの進むべき未来の方向性が明らかになってくることを忘れないでいただきたい。これは戦争だけでのことではありません。経済や産業、外交、政治政策などの歴史は国の方向性を、感染症の歴史はwithコロナの時代の方向性を、災害の歴史は防災の方向性を、豊高100年の歴史は未来の豊高の方向性を教えてくれるはずです。皆さんの夢の実現には先輩や先人たちの体験や考え方、実践の記録が大きなヒントになるでしょう。

 豊高100周年を現役生徒で迎え、将来、社会で活躍する皆さんには、何事も情報が与えられるのを待っている受け身の姿勢ではなく、自ら有用な情報を取りに行く積極的な姿勢をもってもらいたいのです。そして、そこから主体的に判断し行動しようとする前向きな姿勢をもってください。

 2学期、3年次生は具体的な進路実現の時が迫ってきます。最後まで全力で頑張ってください。1,2年次生にとっても勉強や部活動に大いに飛躍する学期です。頑張りましょう。 

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