このホームページをご覧のみなさまへ

 埼玉県立豊岡高等学校のホームページをおたずねくださいましてありがとうございます。

 本校は、一世紀にわたって地域の期待を背負い、地域に根差した高校として、入間地区を中心とする地域社会の発展に寄与する人材を輩出してまいりました。

 本校は1920(大正9)年に豊岡町と近隣村による学校組合立豊岡農学校として設立され、豊岡実業学校、県立へ移管後豊岡実業高等学校となり、1964(昭和39)年に全日制普通科・定時制普通科併設の豊岡高等学校となりました。定時制は2011(平成23)年までの47年にわたり教育活動を展開してまいりましたが、1307名の卒業生をもって閉課程となり、現在は全日制のみを置いています。

 2013(平成25)年には、県立入間高等学校と統合、単位制・普通科高校として新たに出発し、「大学進学重視型」単位制高校として現在に至っております。2020(令和2)年に創立百周年を迎えました。卒業生数も2万5千名を数えています。(令和3年3月現在)

 新たな百年に向けて歩みだした豊岡高等学校に一層のご支援をお願い申し上げます。

中学生のみなさんへ

 

「地域に根ざし豊かな人間性を培う進学校」

 これが本校の目指す学校像です。

 本校は1920年(大正9年)に豊岡農学校として設立され、豊岡実業高校などを経て2020年(令和2年)に創立百周年を迎えました。一世紀にわたり地域社会の発展に寄与する人材を輩出してまいりました。

 私から見た豊岡高校は、人柄が良く穏やかな生徒、生徒を温かく見守る先生。そして、折りにふれ快く御協力いただける保護者の方々、100年の歴史の厚みとともに各界で活躍する卒業生の方々。本校は、本当に恵まれた環境の中にあると実感しています。

 豊岡高校は「大学進学重視型単位制」をとり、何かをやりたい、勉強したいという期待に応えます。授業とは別に「豊高ゼミ」「進学補講」「朝テスト」などの舞台装置も利用して実力養成をはかります。自習コーナー、英検チャレンジ、充実した図書館、専任のカウンセラーによる相談体制なども大いに活用してください。

 もちろん、勉強だけではありません。生徒は文化祭や体育祭などの学校行事や生徒会活動、部活動などに積極的に取り組んでおり、学業とみごとに両立させています。 

 豊岡高校での生活を謳歌した生徒たちは、今春も国公立大学をはじめ難関大学に合格し、卒業していきました。これからも、目標に向けてひた走る、智勇兼備の骨太な若人を育ててまいります。

 興味を持った学問、部活動をはじめ多彩なスポーツ、芸術などを足掛かりに脳に大いに汗をかき、足腰を鍛える高校生活を楽しんでください。みなさんと豊岡高校でお会いできることを楽しみにしています。 

   令和4年4月

        埼玉県立豊岡高等学校長 内田 正俊

校長 内田 正俊
豊高校長室だより

豊高校長室だより

【豊高校長室だより】2022/5/17 中間テストまで1週間!

 中間テストまで1週間になりました。悔いのないよう学習を進めてほしいと思います。

 ところで、ことし2022年は日本の鉄道150年の節目なのだそうで、通勤で乗るJRの電車でも案内があります。大学入学共通テストも話題を先取りしたのか、鉄道に関する問いが出題され、新橋・横浜間に鉄道が開業した明治5(1872)年9月の時刻表(「汽車運転時限并(ならびに)賃金表上達」)などから太陽暦との関係や乗客にも時間を守るよう要求したことなどが問いになっています。(2022年1月実施「日本史B」第6問の問2)

 松尾芭蕉が「奥の細道」の旅に出た「弥生も末の七日(3月27日)」がいまの5月16日にあたるという記事を書きました。年によって1月が2回あるような暦、地域によってばらばらな時間(日の出や日没時間は地域によって異なる)の捉え方では列車を走らせるのは無理というもの。問題には同じ年に太陽暦が取り入れられたことも示されており(ついでに、学校という制度が始まるのも同じ1872年)、時間の意識を定着させるのが「近代化」の前提だと言っているようです。学校では「時限」ということばを今でも使いますし、鉄道と学校が「時間(ダイヤ)を守る」ことに大きな価値を置いていることもうなづける気がします。

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【豊高校長室だより】2022/5/16 きょうは何の日?

 部活動の大会が佳境に入っています。このホームページでも紹介していますが、生徒の活躍のニュースが続いています。

 さて、333年前の5月16日は、俳人松尾芭蕉が奥の細道の旅に出た日といわれます。元禄2(1689)年のこの日、46歳の芭蕉は弟子の曾良とともに東北から北陸を回る旅に出ました。旅は紀行「奥の細道」として読み続けられています。当時の46歳はかなりの高齢です。精力的に行脚するところから芭蕉翁は忍者ではないかという説もあるくらいです。

 本文には「弥生も末の七日、明ぼのの空朧々(ろうろう)として、月は有明にて」とあり、3月27日ですが、この年は正月がうるう月(1月が二度あった)で、現在の暦では5月16日にあたるというわけです。曾良の日記には「27日夜、かすかべに泊まる。江戸より九里余」とあり、埼玉の春日部にいたようですから、有名な出立のくだりは脚色されているようです。

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【豊高校長室だより】新聞販売店組合様の御厚意でことしも新聞を届けていただいています

 埼玉県新聞販売店組合様の御厚意により、読売・朝日・毎日・産経の各紙を毎朝生徒向けに届けていただいています。

 各クラスの係の生徒が所定の置き場所(生徒昇降口前)に取りに来て、教室に配置します。生徒は同じテーマを扱った記事が異なる角度から報道されていることなど比べ読みの上考えを深めることができます。

 貴重な資料をNIE(Newspaper in Education/教育に新聞を)教育に役立てています。

新聞販売店組合様の御厚意で毎朝新聞が届きます

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2022/4/8(金)入学式での校長式辞です。

 未だ収束の見えぬコロナ禍や続く戦闘状態という、心穏やかならぬ日々には、桜の優しい色合いに心癒やされる思いがします。

 ご入学おめでとうございます。ただ今、入学を許可いたしました77期生319名のみなさん、心より歓迎いたします。そして、保護者のみなさま、お子様の凛々しい姿を見せていただきました。心よりお慶び申し上げます。

 みなさんには、ここまで見守ってくれた保護者の方々、ご家族、お世話になった方々へ感謝の気持ちを、できれば言葉で表してほしいと思います。そして、豊岡高校という新たなステージで思う存分勉学や部活動に励んでください。

 桜は「咲く前」や「散った後」がよい、「雨が降って見えない月」や「沈んでいく月」が趣深いと書いたのは『徒然草』の作者兼好でした。兼好は、完成されたものより、未完成なところや枯れていくところに美があるといいます。それから四百年後、江戸時代の国学者、本居宣長がこれに反論します。「趣深い和歌には散る花や雲に隠れる月を詠んだ歌が多い。それは、人が満開の桜や曇りのない月を見たいと思うからこそ思いが叶わないことを嘆く歌になるのであって、兼好の言うことは人の気持ちとずれている。」

 改めて読んでみると、兼好は「花は盛りに、月はくまなきをのみ見るものかは」と言っている。「のみ」というのは「~だけ」ということですから、桜は盛りだけでなく、月は雲もなく澄み渡っているだけでなく、と読めます。桜も月も満開の盛りや雲一つない澄み切った空に浮かぶ月はもちろん美しい。けれど、そこにだけしか興味を示さないのは間違いだ。「美しい」といっても一瞬にすぎない。「美しい」に行く前と、「美しい」が終わったあとをみなければ「美しさ」はわからない。前後のプロセスや完成までの目に見えない努力などを飛ばしてはいけない。見えない積み重ねがあるからこそ完成されたものは美しい。

 さらに「見る」という動詞にも注目したいところです。ものづくりでもステージでも、本番や完成品の華やかさの裏には外から見えない積み重ねがあるのですが、完成されたものを「見る」のは「お客さん」にすぎません。汗をかいてつくる側になりなさいと言っているのだと思います。

 これこそ、みなさんにお話ししたいことです。これからの時間を使って、多くのことを積み重ねて、来るべきその時に華やかに花開いてほしい。見えないところに想像力を働かせ、長く、全体を見渡す視点をもってほしい。そして、できたものを受け取る「お客」ではなく、汗をかいてつくる側に立ってほしい。

 みなさんを迎えるに際し、教職員の思いは熱く、さまざまな準備を進めてきました。きょうから保護者のみなさまと緊密な連携を図りながら教職員一同、77期生の心身ともに確かな成長に向き合ってまいります。これをご縁に本校へのご支援とご協力をお願い申し上げます。校長室にも気軽に声をかけてください。ドアを開けてあるときはいつでも歓迎です。

 結びに、みなさんが、豊岡高校を選んだことは正しかった、入学してよかったと感じ、来たるべきその時に向けてじっくりと考え、多くのことを積み重ねてくれることを念願して式辞といたします。

       令和4年4月8日

                     埼玉県立豊岡高等学校長 内田 正俊

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【豊高校長室だより】近隣の方からおたよりをいただきました

 近隣の方からおたよりをいただきました。道を歩いているとき、背負ったリュックの口が開いていたのに気づかなかったそうです。本校の生徒がベランダから大きな声で教えてくれた、とのこと。「貴重品も入っておりましたので助かりました。とてもほっこりした気持ちにさせていただき、すてきな生徒さんによろしくお伝えいたければ幸いです。」とのことでした。

 うれしかったので、始業式の際にも紹介しました。ごていねいにありがとうございます。

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2022/4/8(金)1学期始業式にあたり、校長から、校歌の一節「出藍の誉れ」の話をしました。

 おはようございます。昨年度に引き続き、オンラインによる始業式となりました。3学期末から4月にかけて、県内ではとくに部活動がらみでコロナの集団感染が報告されているようです。部室や帰りに立ち寄った店で、マスクを外してのおしゃべりが集団感染につながっていると聞きます。引き続き、感染防止に注意を払っていただくようお願いします。

 さて、新学期のはじめにあたり、本校の校歌にも歌われている「出藍の誉れ」という話をします。百周年の記念誌のタイトルにもなりましたから、このことばそのものはよく知っていると思います。

 中国の戦国時代の思想家である荀況(じゅんきょう/荀子)は「学は、もって已(や)むべからず。青はこれを藍(あい)より取りて藍よりも青く、氷は水これを為して、水よりも寒し」(勧学)と述べました。「学問は途中でやめていいものではない。青は藍から取るが、もっと青い。氷は水からできるが、水よりももっと冷たい」という意味です。藍染めという技法があります。青色の染料は、藍という草から取るのですが、その色はもとの藍草よりも青い色をしている、というのです。

 知られているように、「出藍の誉れ」は、弟子が師匠よりも、生徒が先生よりもすぐれているというたとえですが、「学問を途中でやめずに青いものをもっと青く、冷たいものをもっと冷たく」というのですから、知っていることはもっと深く知り、考えたことはもっと深く考えなければいけない、学問を途中でやめてはいけない、学び続けなければいけない、という意味なのです。荀況は人間の本質は不完全なもの、という性悪説の立場にたち、努力の積み重ねによってのみ、人間の業(ごう)である悪を乗り越えることができる、と考えました。

 ヤクザや芸能界の闇など裏社会をテーマに活動するジャーナリストの丸山ゴンザレスさんは、メディアの取材に「裏社会を取材するにも勉強は欠かせない。ヤクザだって法律に詳しいし、詐欺師だって経済を知っている。だから勉強し続けなければならない。」と言い、さらに、「大人になってから勉強するのは、何かと高くつく。学校ではいくらでも質問できるし、施設も使い放題。日本の教育システムは海外と比べてもお得。勉強した分だけ、見える世界が広がる」と答えています。(2022年4月4日朝日新聞)

 社会に出ると、他人が自分のためにただで動いてくれることはない。ですが、学校は違います。この環境を最大限に活用してほしいと思います。

 校歌の「出藍の誉れ」は、学び続けるべきだという意味だととらえたほうが詩としてしっくりくるように思います。このことば、生徒に向けたことばであることは言うまでもないでしょうが、私たち教師にも向けられているのでしょう。ともに学び合っていきましょう。

 昨年からお話ししていますが、校長室にも気軽に声をかけてください。ドアを開けてあるときはいつでも歓迎です。

 最後になりますが、しっかりとした目標を定め、上級生として、新入生をリードして、豊高のさらに良い伝統を作ってください。みなさんが、学びつづける姿を、楽しみに見守りたいと思います。

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2022/3/24(木)元豊岡高校教諭 牛窪勲先生に日本芸術院賞!

 3月24日(木)、元本校教諭 牛窪 勲(牛窪梧十〈ごじゅう〉)先生が作家の筒井康隆氏らとともに日本芸術院賞・恩賜(おんし)賞を受けられるというニュースが入りました。誠におめでとうございます。

 卓越した芸術作品を制作した芸術家や芸術の進歩に顕著な業績のある人に贈られる賞で、恩賜賞は受賞者のうち特に選ばれた人に贈られる賞です。先生の日展出品作「陸游詩(りくゆうし)」の書をはじめとするご業績が改めて高く評価されたものです。

 先生は昭和56(1981)年4月~平成4(1992)年3月まで本校書道科の教諭として勤務され生徒の指導にあたられました。『篆刻篆書字典』(二玄社)などの著書があります。

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2022/3/22(火) 3学期終業式で「『謝る』を考える」という話をしました。

 今回もリモートでの終業式となりました。それでも大きな事故もなく年度末を迎えられたことを喜びたいと思います。

 さて、年度の締めくくりに、「『謝る』を考える」という話をします。

 豊高では滅多にありませんが、それでも時々は生徒が叱られている場面に出会うことがあります。聞いていて、謝り方が下手だなと思うことがあります。

 きょうはこれを日本語の語法から考えてみたいと思います。

 食卓でしょうゆを取ってほしいと、近くの席の人に頼む場面です。相手との関係によって頼み方はいろいろですが、「しょうゆ」と言えば取ってくれる関係もあるでしょう。これでも「しょうゆを取ってほしい」という情報は伝わります。

(a)「しょうゆ取って」

(b)「しょうゆを取ってくれませんか」

(c)「すみません、しょうゆを取っていただけますか」

 3つとも伝わる情報はかわりません。文が長くなっただけです。文が長いあとの例のほうがていねいに聞こえると思います。文を長くすると、なぜていねいに聞こえるのでしょうか?

 相手に何かをしてもらうことは、負担をさせることでもあります。相手に一方的に負担させるのは落ち着かないものです。プレゼントをもらうとうれしい気持ちだけでなく、お返しに何かしたくなるものです。相手が負担に感じていると思うだけでこちらも負担感が大きい。相手の負担とこちらの負担はプラマイゼロになると気持ちが安定する、ということです。

 ことばの上でその負担感をプラマイゼロに近づける語法として「語気緩和語法」があります。「ちょっと、しょうゆを取ってもらえませんか」というように「ちょっと」ということばを付け加えて「あなたの負担はごく小さいですよ」というサインを出したりします。頼む内容によっては、ただお願いするのではなくことばをつないで説明したりします。ギフトのラッピングと同じ。ラッピングしてもしなくても中身は変わりませんが、手間をかけて包むことでていねいさ増し増し、相手への気遣いを表すということです。ことばの上でラッピングするのが「語気緩和語法」です。

 「しょうゆを取ってください」よりも「しょうゆを取ってくれませんか?」と疑問の形にする方がていねいに聞こえます。判断を相手に預ける言い方だからです。頼まれた人に受けるかどうかを選ぶ余地がないと、一方的な命令に聞こえます。命令は会社の上司ならともかく、通常の人間関係には使えません。ですから、頼みごとをするとき「〇〇(決定)になりました」「〇〇してください」という表現を使うのは避けた方がいいでしょう。頼みごとのレベルによって、疑問形にしたり、「ご都合はいかがでしょうか?」を付け足したりして、相手に決定権があることを伝えます。

 相手は、自分を気づかってくれた、大切にされていると感じ、無茶なお願いでなければ快くお願いを聞いてくれると思います。

 ことばの順序も大切です。

(d)「大変申し訳ありませんが、夏休みの課題が終わらなくて、少し遅れます。」

(e)「夏休みの課題が終わりません。少し遅れて出してもいいですか。大変申し訳ありません。」

 この二つを比べたとき、どちらも「申し訳ない」という謝罪と「締め切りに遅れる」という見通しを伝えていて、順番が逆になっているだけで提出している情報はおなじ。それでもあとのほうがよりていねいに感じられるのはなぜだと思いますか。

 あとの(e)には「相手の決定権」を入れてあることにすぐ気づくと思いますが、それだけではありません。実は、順序が入れ替わっているだけでなく、文の構造も違っています。違いは、「申し訳ありませんが」と文が終わらずに後に続くのに対して、「申し訳ありません」が一つの独立した文になっているところです。

 「申し訳ありませんが」が、先ほど説明した「語気緩和語法」になっています。文法では次に続く文にかかる文を従属節といいます。従属節は脇役で、主文によりかかっている、と思ってください。日本語では文の中心は述語(動詞など)にありますから、文の後ろのほうに重要な部分がきます。聞いた人も従属節より主文のほうがより重要と受け取ります。従属節にしたことで謝罪が軽く聞こえ、語気緩和のために付け足した印象になり(主文)遅れることを連絡してきたという印象になります。聞いた人には「遅れたことを謝りもしないで、悪いと思っていないんじゃないか?」という感情に結びつくことが多くなります。

 余談ですが、この話を応用すると、頼まれごとを引き受けるとき、「やってみますが、むずかしいと思います」と言うと、やる気のない人間と思われやすく、「むずかしいと思いますが、やってみます」と言うと、困難なことに果敢にチャレンジする好青年という印象を受けます。試してみてください。

 きょうは文法から謝罪のことばを考えてきました。相手の印象は話だけでなく、外見などいろいろな要素がありますが、謝ったのに「なんだ、その謝り方は」と怒らせてしまったことがある人は、話の順番を変えてみるところから始めたらどうでしょうか。

 4月には新入生も入ってきます。上級生として胸を張れる行動をお願いします。始業式にみなさんとお会いできることを楽しみにしています。

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2022/3/12(土)第74回卒業式での校長式辞です。

 みなさん、ご卒業おめでとうございます。

 近年にはめずらしい、冬らしい冬でしたが、確かに春の訪れを感じる陽気となりました。豊高101年のこのよき日に、保護者のみなさまと御一緒に豊岡高等学校74期317名の卒業をお祝いできることを喜びたいと思います。本日、この場にお越しいただけなかったみなさまにも届けたいのですが、まずは保護者の皆様にお礼を申し上げます。

 みなさんは、高校生活のかなりの部分で緊急事態宣言や蔓延防止重点措置下に置かれ、高校総体や総文祭をはじめとする大会の中止や規模縮小、修学旅行も代替案まで計画したものの中止となるなど、不自由な生活を余儀なくされました。そんな中でも折れずに努力し、とくに3年次になってから一人も欠けることなく、皆勤賞75名をはじめ、県教委表彰、優良体育表彰、高文連表彰など大きな成果を残し、本日、新しいスタートに立つことを讃えたいと思います。

 コロナからはいっぽうで、思いやりの気持ちも学びました。マスクをするのは自分の感染を防ぐためというより、むしろ他人に感染させない、感染への不安を軽くすることにあります。これまで、世の中も自分のことで精一杯、他人や後に続く世代のことを考えられずにきました。その時その時に正しいと思ったことを選んできましたが、その積み重ねがこんにちの複雑な社会をつくってきました。この機会に、何をもって「正しい」とするのかを改めて考えたいと思います。

 韓国ではひざを折って頭を下げる「クンジョル」という作法があります。日本の「土下座」とは違いますが、相手に高い敬意をあらわす作法だそうです。ことし初め、K-POPのユニット・エバーグローのサイン会で、ファンに向けたあいさつの際、メンバーのひとりがクンジョルをせず、立ち礼をしたことで、韓国のファンから「礼儀知らず」と激しい非難を浴びました。この人は中国籍とのことで、中国のファンからは「必要ない作法だ」などの声が上がりました。文化によって受け止めが異なるという知識はありますが、その場面に接したとき、どう判断し、どう動くか。底の浅い知識では歯が立ちません。

 人間が起こす危機にどう立ち向かうかを問う出来事が続いています。けれども、外から見る者の「正しさ」と、信念に燃えた当事者の「正しさ」は異なるかもしれません。どんな情報に触れ、どんな判断による行動なのか。アンテナを高く張り、受信感度を上げ、学び続けるしかありません。お家だって快適に住み続けようと思えばメンテナンスは欠かせませんし、パソコンやスマホもアップデートしないと動きません。ずっと勉強し続けるしかないのです。

 民法の施行に伴い、ただいま卒業証書をお渡しした卒業生はこの4月1日をもって成年となります。保護者の助力なしで契約の当事者になることができます。社会経験が少ない若者を狙い、あやしい契約をさせようと近づいてくる者もいるでしょう。悪質であろうとなかろうと、いったん結んだ契約は相手が同意しない限り取り消すことができません。相手はこちらの動きをみて、隙(すき)があるとみればつけこんでくるでしょう。ですが、経験はなくても、歴史や先人から学び、感度を磨くことで、起こりうる危機にも対処できると思われます。

 みなさんも、社会のそれぞれで必要とされている頼もしい2万5千の豊岡高校の先輩に続いてください。ご活躍を期待しております。

 今後も、時代に立ち向かい、自ら考えて行動できる人物を育てるという期待に応え、教職員一丸となって卒業生や生徒にとって心のよりどころと誇れる学校づくりに努めてまいります。74期生の前途が健やかで幸多きことをお祈りし式辞といたします。 

  令和4年3月12日         埼玉県立豊岡高等学校長 内田 正俊

 

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【豊高校長室だより】2022/1/19 いよいよ大詰め、がんばれ受験生!

 3年次生はあさって1月21日(金)より年度末考査が始まります。先日の大学入学共通テストを経て、卒業まで秒読み段階、いよいよ大詰めです。昼休みの校内放送では3年次担当の先生方のリクエスト曲がかけられています。あすは「大寒」、寒い日が続きますが、1号館と2号館のあいだ、あかい梅の花が咲き始めました。受験生のみなさんにはこれまで積み重ねた力を存分に発揮してほしいものです。まずは体調管理に気をつけてほしいと思います。

赤い梅の花が咲き始めました 赤い梅の花が咲き始めました

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