豊高校長室だより

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【豊高校長室だより】2022/6/20(月) 元豊岡高校教諭 牛窪 勲先生に日本芸術院賞

 報道によると、6月20日(月)、元本校教諭 牛窪 勲(牛窪梧十〈ごじゅう〉)先生が、東京上野の日本芸術院会館において天皇皇后両陛下御出席のもと日本芸術院賞・恩賜(おんし)賞を受けられました。

 先生は昭和56(1981)年4月~平成4(1992)年3月 本校書道科の教諭として勤務され生徒の指導にあたられました。

 この賞は卓越した芸術作品を制作した芸術家や芸術の進歩に顕著な業績のある人に贈られる賞で、恩賜賞は受賞者のうち特に選ばれた人に贈られる賞です。先生の日展出品作「陸游詩(りくゆうし)」の書が改めて高く評価されたものです。誠におめでとうございます。

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【豊高校長室だより】2022/06/19(日) 狭山市プレミアムステージ2022 ~合唱コンサート~

 6月19日(日)午後、狭山市の主催による「狭山市プレミアムステージ2022 ~合唱コンサート~」が狭山市市民会館で行われました。西武学園文理中高、所沢北高、川越東高、豊岡高、埼玉栄高によるステージでした。どの団体も工夫を凝らしたステージで見事でした。(会場内の撮影は、やめておきます。)

 ホール外には各校のパンフレットなども置かれ、中学生の進路選択の参考にしてほしいとのアナウンスもありました。音楽部からも報告があると思いますが、バランスのとれたきれいなハーモニーでしたよ。

豊岡高校音楽部 狭山市プレミアムステージ2022

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【豊高校長室だより】2022/6/14(火) 三者面談を行っています

 6月9日(木)より三者面談を行っており、連日多くの保護者の方々にご来校いただいています。3年次は進路選択に向けての最終の詰めを、2・1年次では進路展望を見据えた科目選択に向け、時間をかけて話し合ってもらいます。保護者の方とともに担任はじめ教職員が生徒の「やる気」をささえていきます。出張の帰りなど、面談を終わって保護者と話しながらすれ違う生徒の様子を見ると、新たな「やる気」をつかんだようだなと感じます。

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【豊高校長室だより】2022/6/1(水) 「やばい」考

 先日昼休み、生徒が校長室を訪ねてきてくれました。「授業での先生(教員)の言葉遣いが気になる」とのこと。聞いてみると「『やばい』という語はもともとヤクザの使うことばで、学校の先生が授業でこういうことばを使うのは疑問だ」とのこと。
 この生徒のことば感覚は貴重です。私も親から「ひと前で使うな」と言われた記憶があります。
 江戸時代の戯作者十返舎一九(じっぺんしゃいっく・1765-1831)の「東海道中膝栗毛(ひざくりげ)」に〈おどれら、やばなこと働きくさるな〔=お前ら、ひとのものを泥棒するな!〕〉という一節があります。(小学館・日本古典文学全集「東海道中膝栗毛」六編上・367ページ)
 関西で乗り合い船の場面、男が自分の荷物を取ろうとすると、盗まれると勘違いした弥次郎兵衛が「何をする!」と言ったのに反応したセリフです。泥棒や犯罪など「捕まるような悪事」を「やば」と言ったようです。もともとはその筋の隠語でしょうが、いまでは一般人も使うことはご存じのとおりです。
 某テレビ番組ではありませんが「バイクの燃料が切れそう、やばいよ」という(悪い、危ない)意味のほかに「この料理やばい(おいしい、見栄えがする)」と良い、好い、プラスの意味にも使われ、古文の形容詞「いみじ」のように文脈からしか意味を判断できないことも起こっています。手元の国語辞典には「1980年代から例があり、21世紀になって広まった」(三省堂国語辞典)とありました。

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【豊高校長室だより】2022/5/17 中間テストまで1週間!

 中間テストまで1週間になりました。悔いのないよう学習を進めてほしいと思います。

 ところで、ことし2022年は日本の鉄道150年の節目なのだそうで、通勤で乗るJRの電車でも案内があります。大学入学共通テストも話題を先取りしたのか、鉄道に関する問いが出題され、新橋・横浜間に鉄道が開業した明治5(1872)年9月の時刻表(「汽車運転時限并(ならびに)賃金表上達」)などから太陽暦との関係や乗客にも時間を守るよう要求したことなどが問いになっています。(2022年1月実施「日本史B」第6問の問2)

 松尾芭蕉が「奥の細道」の旅に出た「弥生も末の七日(3月27日)」がいまの5月16日にあたるという記事を書きました。年によって1月が2回あるような暦、地域によってばらばらな時間(日の出や日没時間は地域によって異なる)の捉え方では列車を走らせるのは無理というもの。問題には同じ年に太陽暦が取り入れられたことも示されており(ついでに、学校という制度が始まるのも同じ1872年)、時間の意識を定着させるのが「近代化」の前提だと言っているようです。学校では「時限」ということばを今でも使いますし、鉄道と学校が「時間(ダイヤ)を守る」ことに大きな価値を置いていることもうなづける気がします。

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【豊高校長室だより】2022/5/16 きょうは何の日?

 部活動の大会が佳境に入っています。このホームページでも紹介していますが、生徒の活躍のニュースが続いています。

 さて、333年前の5月16日は、俳人松尾芭蕉が奥の細道の旅に出た日といわれます。元禄2(1689)年のこの日、46歳の芭蕉は弟子の曾良とともに東北から北陸を回る旅に出ました。旅は紀行「奥の細道」として読み続けられています。当時の46歳はかなりの高齢です。精力的に行脚するところから芭蕉翁は忍者ではないかという説もあるくらいです。

 本文には「弥生も末の七日、明ぼのの空朧々(ろうろう)として、月は有明にて」とあり、3月27日ですが、この年は正月がうるう月(1月が二度あった)で、現在の暦では5月16日にあたるというわけです。曾良の日記には「27日夜、かすかべに泊まる。江戸より九里余」とあり、埼玉の春日部にいたようですから、有名な出立のくだりは脚色されているようです。

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【豊高校長室だより】新聞販売店組合様の御厚意でことしも新聞を届けていただいています

 埼玉県新聞販売店組合様の御厚意により、読売・朝日・毎日・産経の各紙を毎朝生徒向けに届けていただいています。

 各クラスの係の生徒が所定の置き場所(生徒昇降口前)に取りに来て、教室に配置します。生徒は同じテーマを扱った記事が異なる角度から報道されていることなど比べ読みの上考えを深めることができます。

 貴重な資料をNIE(Newspaper in Education/教育に新聞を)教育に役立てています。

新聞販売店組合様の御厚意で毎朝新聞が届きます

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2022/4/8(金)入学式での校長式辞です。

 未だ収束の見えぬコロナ禍や続く戦闘状態という、心穏やかならぬ日々には、桜の優しい色合いに心癒やされる思いがします。

 ご入学おめでとうございます。ただ今、入学を許可いたしました77期生319名のみなさん、心より歓迎いたします。そして、保護者のみなさま、お子様の凛々しい姿を見せていただきました。心よりお慶び申し上げます。

 みなさんには、ここまで見守ってくれた保護者の方々、ご家族、お世話になった方々へ感謝の気持ちを、できれば言葉で表してほしいと思います。そして、豊岡高校という新たなステージで思う存分勉学や部活動に励んでください。

 桜は「咲く前」や「散った後」がよい、「雨が降って見えない月」や「沈んでいく月」が趣深いと書いたのは『徒然草』の作者兼好でした。兼好は、完成されたものより、未完成なところや枯れていくところに美があるといいます。それから四百年後、江戸時代の国学者、本居宣長がこれに反論します。「趣深い和歌には散る花や雲に隠れる月を詠んだ歌が多い。それは、人が満開の桜や曇りのない月を見たいと思うからこそ思いが叶わないことを嘆く歌になるのであって、兼好の言うことは人の気持ちとずれている。」

 改めて読んでみると、兼好は「花は盛りに、月はくまなきをのみ見るものかは」と言っている。「のみ」というのは「~だけ」ということですから、桜は盛りだけでなく、月は雲もなく澄み渡っているだけでなく、と読めます。桜も月も満開の盛りや雲一つない澄み切った空に浮かぶ月はもちろん美しい。けれど、そこにだけしか興味を示さないのは間違いだ。「美しい」といっても一瞬にすぎない。「美しい」に行く前と、「美しい」が終わったあとをみなければ「美しさ」はわからない。前後のプロセスや完成までの目に見えない努力などを飛ばしてはいけない。見えない積み重ねがあるからこそ完成されたものは美しい。

 さらに「見る」という動詞にも注目したいところです。ものづくりでもステージでも、本番や完成品の華やかさの裏には外から見えない積み重ねがあるのですが、完成されたものを「見る」のは「お客さん」にすぎません。汗をかいてつくる側になりなさいと言っているのだと思います。

 これこそ、みなさんにお話ししたいことです。これからの時間を使って、多くのことを積み重ねて、来るべきその時に華やかに花開いてほしい。見えないところに想像力を働かせ、長く、全体を見渡す視点をもってほしい。そして、できたものを受け取る「お客」ではなく、汗をかいてつくる側に立ってほしい。

 みなさんを迎えるに際し、教職員の思いは熱く、さまざまな準備を進めてきました。きょうから保護者のみなさまと緊密な連携を図りながら教職員一同、77期生の心身ともに確かな成長に向き合ってまいります。これをご縁に本校へのご支援とご協力をお願い申し上げます。校長室にも気軽に声をかけてください。ドアを開けてあるときはいつでも歓迎です。

 結びに、みなさんが、豊岡高校を選んだことは正しかった、入学してよかったと感じ、来たるべきその時に向けてじっくりと考え、多くのことを積み重ねてくれることを念願して式辞といたします。

       令和4年4月8日

                     埼玉県立豊岡高等学校長 内田 正俊

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【豊高校長室だより】近隣の方からおたよりをいただきました

 近隣の方からおたよりをいただきました。道を歩いているとき、背負ったリュックの口が開いていたのに気づかなかったそうです。本校の生徒がベランダから大きな声で教えてくれた、とのこと。「貴重品も入っておりましたので助かりました。とてもほっこりした気持ちにさせていただき、すてきな生徒さんによろしくお伝えいたければ幸いです。」とのことでした。

 うれしかったので、始業式の際にも紹介しました。ごていねいにありがとうございます。

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2022/4/8(金)1学期始業式にあたり、校長から、校歌の一節「出藍の誉れ」の話をしました。

 おはようございます。昨年度に引き続き、オンラインによる始業式となりました。3学期末から4月にかけて、県内ではとくに部活動がらみでコロナの集団感染が報告されているようです。部室や帰りに立ち寄った店で、マスクを外してのおしゃべりが集団感染につながっていると聞きます。引き続き、感染防止に注意を払っていただくようお願いします。

 さて、新学期のはじめにあたり、本校の校歌にも歌われている「出藍の誉れ」という話をします。百周年の記念誌のタイトルにもなりましたから、このことばそのものはよく知っていると思います。

 中国の戦国時代の思想家である荀況(じゅんきょう/荀子)は「学は、もって已(や)むべからず。青はこれを藍(あい)より取りて藍よりも青く、氷は水これを為して、水よりも寒し」(勧学)と述べました。「学問は途中でやめていいものではない。青は藍から取るが、もっと青い。氷は水からできるが、水よりももっと冷たい」という意味です。藍染めという技法があります。青色の染料は、藍という草から取るのですが、その色はもとの藍草よりも青い色をしている、というのです。

 知られているように、「出藍の誉れ」は、弟子が師匠よりも、生徒が先生よりもすぐれているというたとえですが、「学問を途中でやめずに青いものをもっと青く、冷たいものをもっと冷たく」というのですから、知っていることはもっと深く知り、考えたことはもっと深く考えなければいけない、学問を途中でやめてはいけない、学び続けなければいけない、という意味なのです。荀況は人間の本質は不完全なもの、という性悪説の立場にたち、努力の積み重ねによってのみ、人間の業(ごう)である悪を乗り越えることができる、と考えました。

 ヤクザや芸能界の闇など裏社会をテーマに活動するジャーナリストの丸山ゴンザレスさんは、メディアの取材に「裏社会を取材するにも勉強は欠かせない。ヤクザだって法律に詳しいし、詐欺師だって経済を知っている。だから勉強し続けなければならない。」と言い、さらに、「大人になってから勉強するのは、何かと高くつく。学校ではいくらでも質問できるし、施設も使い放題。日本の教育システムは海外と比べてもお得。勉強した分だけ、見える世界が広がる」と答えています。(2022年4月4日朝日新聞)

 社会に出ると、他人が自分のためにただで動いてくれることはない。ですが、学校は違います。この環境を最大限に活用してほしいと思います。

 校歌の「出藍の誉れ」は、学び続けるべきだという意味だととらえたほうが詩としてしっくりくるように思います。このことば、生徒に向けたことばであることは言うまでもないでしょうが、私たち教師にも向けられているのでしょう。ともに学び合っていきましょう。

 昨年からお話ししていますが、校長室にも気軽に声をかけてください。ドアを開けてあるときはいつでも歓迎です。

 最後になりますが、しっかりとした目標を定め、上級生として、新入生をリードして、豊高のさらに良い伝統を作ってください。みなさんが、学びつづける姿を、楽しみに見守りたいと思います。

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