豊高校長室だより

創立百周年記念誌の配布にあたって生徒に伝えたこと

 創立百周年記念誌についてお話します。

 22日の記念誌の搬入にあたっては、大勢の生徒の皆さんに協力していただきました。実に頼りがいのある生徒たちだなあと嬉しくなりました。ありがとうございます。 

 11月に予定された百周年記念式典が来年に延期になったため、今年が節目の年という割には盛り上がりませんでした。ですが、このずっしりと重い記念誌を手にして、今年が豊岡高校にとって大きな節目の年であること、そして百年という歴史と伝統の重みを感じてもらいたいと思います。 

 記念誌の発刊に当たっては、同窓生の先生方を中心に、実に多くの時間と労力をかけて編集作業をしていただきました。その想いと、寄稿していただいた方々の本校への想いが結晶となった、大変貴重な冊子であることを理解してください。 

 では、豊岡高校の歴史を簡単にお話ししましょう。

 創立は1920年(大正9年)、旧豊岡町を中心に近隣の9つの村が共同で設立した学校組合立 豊岡農業学校がスタートです。場所は、現在の丸広のあたり、豊岡尋常小学校内にありました。穀物生産や養蚕、茶業が盛んなこの地で、その発展の中核となる人材を育成するための学校を作りたい、という地域の熱い願いから生まれた学校です。

 ほどなくして、商業教育も取り入れようとなって、1927年(昭和2年)に、農業と商業を併せて学ぶという公立学校では全国的にも珍しい豊岡実業学校となりました。この年、現在の地に移転しました。

 第二次世界大戦後の1946年(昭和21年)、県立豊岡実業高等学校となり、1950年(昭和25年)から男女共学になりました。

 1962年(昭和37年)に普通科が設置され、その2年後に農業科が廃止となり、普通科と商業科、それに定時制を併設して県立豊岡高等学校と名前が変わりました。ちなみに、現在の1号館はこの年に完成しています。

 その後、1972年(昭和47年)から普通科のみとなりました。

 そして、2013年(平成25年)、定時制を閉課程とし、県立入間高校と合併する形で、単位制の現在の豊岡高校になりました。 

 この記念誌、重たいですが必ず家に持ち帰って、家の人にも見せてください。きっと喜んでもらえると思います。大切なのは、皆さん自身が中身を見てほしいということです。写真を見るだけでも歴史を重ねた跡がわかります。

 1年ごとに記事が書かれていますので、日本の社会情勢と併せて、本校の歩みがわかるようになっています。草創期や戦時中の苦労、部活動でのすばらしい実績、大きな特色だったHR発表会など、その時代ごとの出来事には興味深いものがあります。また、卒業生や本校で教鞭をとられた先生方の寄稿文も読んでもらいたいです。皆さんには自分の現在の学校生活と重ねながら、それぞれの時代で生徒、先生がどんな思いでいたのかを知ることができます。 

 記念誌に目を通してもらうと、これまで豊高の歴史を紡いでくれた多くの先輩たちや先生方に敬意を表したくなるはずです。そして、私たちが新たな歴史をつくっていく当事者であることを自負してもらいたい。

 記念誌のタイトルは「出藍の誉れ」。そう、校歌に出てくることばです。意味は、弟子が師匠よりも優れた才能を表すということです。校歌は、そういう高い目標、志を持って、日々勉学に励もうという歌詞になっています。皆さんがこの精神を受け継いで頑張ってくれること、豊岡高校の伝統の、よき継承者となってくれることを大いに期待します。