豊高校長室だより

2022/7/22(金) 1学期終業式、校長から「正義の実現と暴力」について考えてほしい

 おはようございます。始業式に引き続き、オンラインによる終業式となりました。ここへきて、本校でもコロナの感染者や学級閉鎖が報告されています。7月8日に起きた西武池袋線の不通で期末考査が行えず、その後の日程変更など無理をお願いしました。3年次のみなさんは修学旅行代替研修旅行を7月14日~15日に行うことができました。引き続き、感染防止に注意を払っていただくようお願いします。 

 さて、世界中から衝撃的なニュースが飛び込んできます。このような情勢なので「正義の実現と暴力」について考えたいと思います。

 手元の国語辞典を引くと「平和」とは「争いなどがなく、おだやかなこと」とあります。「平和的解決」という例文がつけられており「武力によらない解決」とあります。(三省堂国語辞典)武力によって正義の実現を目指すのが戦争ですから、「戦争」の反対が「平和」だと考えていることになります。このように平和をとらえる人は多いように思います。

 ノルウェーの政治学者ヨハン・ガルトゥング(1930~ )は、このように考えませんでした。「平和」の反対を「暴力」と考えたのです。武力の行使である戦争、虐殺は暴力の最たるものですが、相手の身体や健康を傷つけることは目に見える暴力と言えます。子どもへの虐待、手を下さなくても言葉によって他者を傷つけたりするようなことも目に見える暴力です。こうした目に見える「直接的暴力」のほかに、目に見えない「構造的暴力」があるといいます。目に見えない「構造的暴力」とは、差別・貧困・飢餓などの人間の生活を脅かす社会構造をいいます。

 戦いの場面では正義が語られます。では、何をもって正義ととらえるか。ある国がある国を「侵略した」ととらえるということは、「正義とは」の問いに何らかの答えを出すことになります。アニメのアンパンマンでは最後にばいきんまんが「アンパーンチ!」でやられてしまいますが、正義のためなら暴力は許されるのか、という問いが残ってしまいます。

  現実社会では人々の関心は多岐にわたりますが、ひとつの方向に進めようとしたとき、選挙という多数決に勝った人が、「自分は人々の信任を得た」ということを根拠に、公約にないことを推し進め、多くの人が望んでいない結果を招くことがあります。

 「政治」というと、選挙や政党などの話と思うかもしれませんが、そうではありません。人間が複数いれば、政治に無関係ということはありません。政治に「関心がない」人はいても、政治に「関係のない」人はいません。

 文化祭のクラス企画を決めるとします。劇とお化け屋敷という二つの案があって決まらないとき、多数決で決めようということになると思います。クラスが40人として、劇をしたい人が21人、お化け屋敷が19人だったら、一応数字の上では劇になるわけですが、ほぼ半分の19人、率にして47.5%は劇をやりたくないことになりますね。

 さらに選択肢が三つになったらどうでしょうか。劇、お化け屋敷、焼きそば模擬店で14対13対13という結果になったとします。多数決で劇に決まりますが、ここでは26人、半分を超える65%の人は劇をやりたくない。こうなると多数決では、本当のところ、多くの人の意見を反映できない決め方だということになってしまいます。

  7月9日の朝日新聞土曜版beに「北極と南極、行くならどっち?」という記事がありました。北極22%、南極78%という結果だったようです。「どちらにも行きたい」「どちらも行きたくない」も一定数あると思われますが、この問い方では答えに反映されません。 

 夏休みの旅行先を決める場面なら、南極に行きたい人が圧倒的に多いから、南極にしよう、となると思います。異なる利害や関心をもつ人びとから、ひとつの方向を決める点で、文化祭の企画や旅行先を決めることと、政治的に正義の実現をめざすこととの違いはありません。

 民主的な手段のように見える多数決は、勝った人と負けた人との間にかなり大きな対立や分断や軋轢(あつれき)を引き起こすことになるかもしれません。多数決/選挙は「信任を得た」といって好き勝手に政治を進めることもできる制度ともいえるわけで、誰を指導者にするかという一票で失敗したら、戦争が始まるかもしれない原理ともいえます。

 「暴力」は許さない、暴力をなくすことが正義であるのは異論ないと思います。現にふるわれている暴力から身を守るために、暴力で抵抗しなくてはいけなくなるという側面があります。どちらかが正しい、どちらかが正義を実現しているという議論は、どちらかの暴力は正しいという議論に転じていき、やがて暴力は許されないという根本を見失ってしまいます。

  これを機会に考えてほしくて、こんな話をしました。私は、「平和」は、異質なものや文化を拒絶・分断するのではなく、異質な文化とうまくハーモニーを作ることだと考えています。 

 別件です。大きな問題になっている教職員の「働き方改革」に関して、皆さんにお願いがあります。労働基準法の「労働時間」(法定労働時間)を超える残業を「時間外労働」「法定時間外労働」といい、法律上「月45時間・年360時間」まででなければならないとされています。豊岡高校を含め県立高校全体で、昨年度1年間の時間外360時間以上の教職員の割合が46.5%であったそうで、ほぼ半数の教職員が法律違反レベルの残業をしていることが明らかになりました。これを減らすため、県教委は教職員に退校時間を設定し、本校としては19時30分とすることにしました。これに合わせて生徒の下校時刻も同じ19時30分とし、生徒も教職員も「遅くてもこの時間には帰る」という時刻にしたいと考えます。教職員働き方改革の実効性を図る意味でも、下校時刻についてはこのような整理をお願いします。この時間に帰宅を促す放送が入ります。年度途中ではありますが、来週7月25日から実施したいと考えます。よろしくお願いします。 

 最後になりますが、健康に留意し、8月29日にはみなさんが大きな成果を携えてここでお会いできることを期待しています。