豊高校長室だより

放送による2学期始業式での校長講話を紹介します

 おはようございます。24日間の夏休み、連日猛暑が続きましたが、暑さにもコロナにも負けず、皆さんそれぞれが進学講習や部活動などによく励んでくれました。短くとも中身の濃い夏休みになったことと思います。夏休み中、皆さんが新型コロナウイルスに感染したとか事故に遭ったという報告は聞いておりませんので、無事に2学期を迎えることができてホッとしています。

 他県では、寮生活していた運動部員に大規模なクラスターが発生したというニュースは大変気になっていましたが、残念なことに生徒たちが誹謗・中傷にさらされるそうです。絶対にそういうことがあってはならない、してはいけないと肝に銘じましょう。新型コロナウイルスは、気を緩めた隙といいますか気を許した隙に感染するというのがよくわかります。2学期も引き続きマスク着用、手洗い、密な状況をつくらないことを、生活のあらゆる場面で心がけてください。

 6月から皆さんに不便をおかけしていました正門から玄関にかけてのリニューアル工事は、ほぼ終わりました。ご協力ありがとうございました。創立100周年に相応しく、正門がかっこよくなり、昇降口前が広くなりました。胸を張って正門を入ってほしいと思います。工事費用は毎年の卒業生が収めた同窓会費をはじめとする同窓会会計から出していただきました。同窓生の皆さんに心から感謝しましょう。

 さて、8月は戦争について考えさせられる季節です。今から75年前の8月6日は広島に、8月9日は長崎に原爆が投下されました。そして8月15日に終戦を迎えました。終戦の半日前、県内で悲しい出来事が起きました。8月14日の夜11時30分頃に県北の中心地熊谷市が、アメリカ軍のB29爆撃機によって上空3000mから雨のように爆弾を落とされ、市街地の3分の2が焼け野原となりました。犠牲者は死者266人、負傷者約3000人だそうです。これが県内最大規模の熊谷空襲です。地元の多くの人が、1日早く戦争が終わっていればと、悔やんだといいます。

 この様子を描いた子供向けの短編アニメーション『最後の空襲くまがや』を、東松山市にある県立ピースミュージアムで観ることができます。また、インターネット上では、ヤフー制作の「未来に残す 戦争の記憶」の中にある、埼玉県の空襲被害で詳しく紹介しています。ぜひ調べてみてください。

 では、なぜ熊谷市が標的にされたのでしょう。それは、戦闘機をつくっていた中島飛行機、現在の自動車メーカースバルの前身ですが、その下請けの中小工場が熊谷市内に多かったからです。また、航空機の操縦教育を行う熊谷陸軍飛行学校があり、当時、特攻隊操縦員の養成をしていたことも挙げられます。

 その熊谷陸軍飛行学校の桶川分教場という施設が今でも残っていて、復元整備され、「桶川飛行学校平和祈念館」としてこの夏開館したと聞いたので、訪ねてみました。ここでは昭和12年6月から昭和20年2月までに20期、少年航空兵や学徒出陣の特別操縦見習士官など1500~1600人の航空兵を養成し、昭和20年2月以降は特攻隊の訓練基地となっていたそうです。校舎とともに教本や日記、特攻隊員の家族にあてた遺書、当時の写真などの展示物を見学しましたが、戦争によって人の心が操られ人の命が疎かにされたことの理不尽さ、出撃していった若者たちの気持ちを思うと胸が痛みます。

 2年次生は沖縄修学旅行で平和学習を予定していますが、1,3年次生も含めて、身近なところにも平和学習の教材があることを知ってもらいたいと思います。

 そして、過去の歴史から学ぶことによって私たちの進むべき未来の方向性が明らかになってくることを忘れないでいただきたい。これは戦争だけでのことではありません。経済や産業、外交、政治政策などの歴史は国の方向性を、感染症の歴史はwithコロナの時代の方向性を、災害の歴史は防災の方向性を、豊高100年の歴史は未来の豊高の方向性を教えてくれるはずです。皆さんの夢の実現には先輩や先人たちの体験や考え方、実践の記録が大きなヒントになるでしょう。

 豊高100周年を現役生徒で迎え、将来、社会で活躍する皆さんには、何事も情報が与えられるのを待っている受け身の姿勢ではなく、自ら有用な情報を取りに行く積極的な姿勢をもってもらいたいのです。そして、そこから主体的に判断し行動しようとする前向きな姿勢をもってください。

 2学期、3年次生は具体的な進路実現の時が迫ってきます。最後まで全力で頑張ってください。1,2年次生にとっても勉強や部活動に大いに飛躍する学期です。頑張りましょう。