豊高校長室だより

2021年3月の記事一覧

3学期終業式での校長講話を紹介します

 全校生徒の皆さん、おはようございます。校長の町田です。

 コロナに翻弄された令和2年度、豊岡高校にとっては創立百周年の節目の年もいよいよ終わります。3学期を振り返りますと、結果としてまるまる緊急事態宣言の期間に入ってしまいましたので、最後まで不自由な学校生活を送ってもらうことになってしましました。 

 日々の生活では始業時刻の1時間繰り下げと40分の短縮授業、部活動の中止、昼休みの黙食。学校行事では駅伝大会の中止、リモートによる三送会、2年次生は修学旅行に代わる行事の中止など、3学期も多くの我慢をしてもらって申し訳なく思っています。それでも三送会で上映された映像のクオリティの高さには感心させられましたし、演出も考えられていて、生徒会を中心によく頑張ってくれたと嬉しく思いました。 

 部活動は公式戦のある部活を除いて練習日数と時間が制限されての再開となりましたが、段階的に通常に戻っていきますので、もう少し我慢してください。 

 40分の短縮授業については、通常に比べて授業時間が2割少なかったわけですから少し心配しました。先生方には授業の遅れを出さないよう工夫して指導していただいたと思いますが、この欠けた学習時間分を皆さんはどのように補ったでしょうか。皆さんの学力の向上が2割少なくなったとすれば悲しいですが、そんなことはなかったようですね。 

 学年末成績を見ますと、1、2年次生とも成績優良者が増え、特に2年次生は3割近くの人が成績優良だったというのは、大変すばらしいことです。また、英語検定でも受験者、合格者ともに増え、準1級合格という快挙を成し遂げた人がいて大変嬉しく思います。

 先日行われた「卒業生による進路講演会」では、皆さん真剣に先輩の話に食い入っていましたね。この春の卒業生もコロナ禍で不安を抱えながらの進路準備を進めたはずですが、国公立大学2名合格、浪人生もがんばって難関の一橋大学に合格しました。私立大学では難関の早稲田大学や青山学院大学、明治大学に合格するなど、健闘が光りました。皆さんも自分の夢をつかむため、先輩に負けないよう志を高くがんばってほしいと思います。

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 先日、ある会議に出席したときに、ある委員の元校長先生から「いい詩を見つけた」と教えていただいた詩を紹介したいと思います。これは、終戦後まもない昭和23年、新しい6・3・3制の教育制度で誕生した中学校の教科書に載っていたそうです。戦争のない新しい時代を生きる子どもたちに、こうあってほしいと願ったのでしょう。作者は19世紀イギリスの芸術評論家で社会思想家のジョン・ラスキンという人です。

   学校へ行く路

 冬になって氷がはると 冬になって雪がふると

 学校へ行く路は、長くさびしい。

 その路を生徒が行く。

 

 だが、また、ゆかいな夏が来て 鳥が鳴き、果実が実り、花が咲けば

 学校へ行く路は、なんと短いのだろう。

 楽しい時間が、なんと速く過ぎることか!

 

 しかし、勉強が好きで 知恵を得ようとはげむ子には

 学校へ行く路は、いつも短い。

 照る日も、雪の日も。また雨の日も。

 

 どの子も、どの子も、心は気高く、 何をするにも心をこめて

 いつ話すにも心やさしく すべての人の喜びとなれ。

 どんなところにいるときでも。

 

 豊高生もこの詩のように勉強に励み、気高い心をもった、心優しい、人々から喜ばれる生徒であってほしいと願います。

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 さて、緊急事態宣言は解除されましたが、安心はできません。県内では関東工業自動車大学校で実に140人感染というクラスターが発生しています。変異ウイルスの拡大も気になります。緊急事態宣言解除以降の学校生活については、県教育委員会からの通知に基づいて、次のとおりおこないます。

  (内容は保護宛通知文を参照)

 さあ、4月から皆さんは2年次生、3年次生になります。新入生も入ってきます。皆さん一人一人が成長し、飛躍する一年のスタートがしっかり切れるよう、春休み中の健康管理を万全にしていただくとともに、心の準備と授業の準備をしっかりやってほしいと思います。

 全員が元気な姿で4月8日に集えることを楽しみにしています。

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第73回卒業証書授与式の式辞を紹介します

 晴れの門出の日があいにくの天候となってしまいましたが、柔らかな日差しに早春の花々が照らされ、春の訪れを感じる季節となりました。本日は、緊急事態宣言が延長された中ではありますが、感染防止対策を講じることで二年振りに保護者の皆様のご列席が叶い、ここに埼玉県立豊岡高等学校第73回卒業証書授与式を挙行できますことは、大変喜ばしいことであります。学校を代表いたしまして、皆様に心から感謝と御礼を申し上げます。

 ただいま、卒業証書を授与いたしました315名の皆さん、ご卒業おめでとうございます。皆さんの脳裏には楽しかったこと、辛かったこと、嬉しかったことなど、豊岡高校で過ごした三年間の思い出がよみがえっていることでしょう。ただ、皆さんにとって、進路希望の実現と豊高生としての仕上げになる大切な一年間が新型コロナウイルスの猛威に翻弄されてしまい、皆さんに充実した高校生活を送らせてあげられなかったことが何とも心残りです。ですが、そのような状況にあっても皆さんはよく我慢し、又、よく頑張りました。実施できた数少ない行事の中で示された皆さんの姿勢は実にすばらしいものでしたし、進路実績も目を見張るものがありました。卒業アルバムを見させてもらいましたが、皆さんひとり一人の笑顔そして学校行事や部活動での生き生きとした様子が収められており、ほっとさせられました。私は皆さんのことを、創立百周年の年に相応しい立派な卒業生だと誇らしく思います。豊岡高校での学びと仲間や先生との出会いを宝として、胸を張って社会に出て行ってほしいと思います。

 保護者の皆様には、陰になり日向になってお子様を支えて来られた三年間、特にこの一年はご苦労されたことと存じます。皆様の親としての務めに敬意を表し、お子様のご卒業を心からお喜び申し上げます。

 さて、一昨日の3月11日で、あの未曾有の大災害をもたらした東日本大震災からちょうど10年が経ちました。私たちはこの教訓を風化させてはならないと、改めて心に刻もうと思うところです。また、今回のコロナ禍もそうですが、予想もつかない出来事に対し、それにどう向き合いどう対処するかが私たちの将来を左右します。新型コロナウイルスとの戦いは、まだしばらくは続くでしょう。皆さんには、正しい情報を見極め適切な判断と行動ができる大人になってもらいたいと思います。

 4月からそれぞれの道に進んでいく卒業生の皆さんが、これからの人生をどのような姿勢で生きていったらいいのか。そのヒントを今年の大河ドラマの主人公、埼玉の偉人、日本資本主義の父と言われる渋沢栄一の生き方から探ってみたいと思います。

 農民だった渋沢栄一は尊王攘夷に傾注して武士に転じ、15代将軍徳川慶喜に仕えました。フランス使節団に随行中に大政奉還となり、帰国後、明治政府にスカウトされて近代日本の基盤となる郵便制度の設立や鉄道の敷設、関税率の制定などに奮闘します。しかし、4年半で官僚を辞めてしまい、民間人として銀行の設立や製紙会社の設立を手掛け、その後、500もの会社などの設立に関与して日本の近代化に大きく貢献しました。また、教育の振興や慈善事業にも多大な功績を残しました。

 渋沢は民間の力すなわち会社の設立によって日本の近代化と国力の増強を進め、市民の地位を向上させ暮らしを良くしようと考えたのです。決して金儲けを目的としていませんでした。ですから、資産が貯まるとそれを教育の充実や慈善事業に振り向け、関東大震災に当たっては復興のために多額の資金を提供しています。そのため、亡くなるときには私財はわずかだったそうです。渋沢のこのような生き方の根本には、若い頃の激動の時代に培った危機意識と自分が日本をよくするのだという強い使命感、そして階級差別への怒りがあったといわれます。その考え方のベースには儒学の教えがありました。

 皆さんにはこの先も意欲を持って勉強を続けていただき、世の中の動きや仕組みに大いに関心を持って、人への優しさと思いやり、正義感を持って物事の本質を捉えようとする姿勢を大切に生活してもらいたいと思います。また、渋沢の著書『論語と算盤』には、「自分からこうしたい、ああしたいと奮励さえすれば、大概はその意のごとくになるものである。」とあります。困難な時代だからこそ、渋沢栄一のような前向きな生き方が必要なのではないでしょうか。自分のやりたいこと、正しいと信ずる道を突き進んで行ってほしいと思います。失敗を恐れずに、たとえ失敗しても諦めない前向きな姿勢を持ち続けてください。皆さんが将来、社会人として活躍されることを大いに期待しています。

 最後に、私ども教職員一同は、今後も地域の期待に応え、卒業生が母校を愛し誇れるような学校づくりに努めてまいります。ご参列いただきました保護者の皆様には重ねて御礼申し上げるとともに、卒業生一人一人の前途が健やかで幸多きことを心から祈念して式辞といたします。

  令和3年3月13日

埼玉県立豊岡高等学校長 町田 邦弘

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